2009年7月 4日 (土)

映画「ゆずり葉」を見に行こう 2分55秒

映画、「ゆずり葉」の上映会が各地で始まります。改めて、映画の 意義を確認して、一人でも多くの方に映画を見てもらい、聾唖者の 暮らし、運動の正しい理解を広めましょう。

 みなさん、こんにちは。お元気ですか?えっ、私?まぁまぁかなぁ。それはさておき。今年6月4日~7日茨城県で全国ろうあ者大会が開かれましたね。私も参加しました。皆さんは参加されましたか?その時に映画「ゆずり葉」が上映されましたね。私も見ました。私は3回目です。が4回目もみたいです。普通の映画と違って、意味深い感動があります。大会後、来年の6月までの間、全国各地でゆずり葉上映会の予定があります。静岡県でも行われる予定です。上映会の場所や日程が決まった協会もありますし、決まっていない協会もありますが、県内20会場で行われる予定です。

 ゆずり葉上映会の意義は何でしょうか。昔、ろうあ者の生活を守るため、また差別をなくすために国等と交渉を重ねてきた歴史、道路交通法88条の改正、民法11条の改正、と成果がありますが、未解決の課題も残っています。それらを若い世代に引き継いでいく思想。また、国内で一般の方の見方といえば、ろうあ者の暮らしを守る「ろうあ運動」は、お願いするだけ、ととられがちですが、それは違います。ろうあ者の生活は他の国民と同じであることが当たり前、と活動してきた歴史をみんな知りません。そのこともふまえて映画を見て欲しいわけです。自分の地域のゆずり葉上映の期日がわかったら、まわりの方にも呼びかけて、一人でも多くの方に見ていただけるようにご協力をお願いしたく存じます。詳細がわからない時には全日本聾唖連盟でもいいですし、都道府県の聴覚障害者協会へお問い合わせ下さい。ご協力をお願いいたします。以上です。

2008年12月 6日 (土)

映画「ゆずり葉」を語る その7 2分13秒

 映画「ゆずり葉」を語る、シリーズの最終回です。静聴協の小倉理事が若者に向けて語ります。

 こんにちは。私は静聴協の理事で一番若い、小倉と申します。よろしくお願いします。今日は映画「ゆずり葉」についてお話しをしたく思います。特に青年部の立場からお話しがしたい。 映画は日聴紙や静聴協だより、ホームページなどに載っているので、皆さんよく知っていると思います。全日本聾唖連盟が創立60周年、立派な記念映画です。静聴協理事の池中氏も出ています。みんなで一緒に応援して欲しい。この映画作りのキッカケ、というと、全日本聾唖連盟が結成されて60年間、昔と比べれば今の皆さんは幸せです。例えば、自動車運転免許は取得できる、家を建てる時に銀行から融資を受けられる、国連の障害者権利条約も発効する・・・など、今の社会はよくなっています。私たち若い世代は苦労を知りません。先輩方に感謝する気持ちがない、というか感謝する気持ちが薄いのです。映画を見ると、新しく気づかさせることも多く、感謝の気持ちがわきます。そして、映画を作るための資金が足りないので、みんなで応援して映画を作り上げていく。できあがった映画は、私たちに還元され、まだ知らない若い世代に引き継がれていく・・・「ゆずり葉」の思想と同じです。みんな一緒になって、青年部も老年部も女性部も、ひとつになって頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。

2008年11月16日 (日)

映画「ゆずり葉」を語る その5 4分16秒

 池中さんが「ゆずり葉」作成の舞台裏を語ります。そこには、いい映画を作ろうと節約を重ねながら奮闘するスタッフがいました。

・その他映画作りに参加されて感じたことなどお話し下さい。

 映画作り、ロケも含めて私も初めて参加してみて、想像を超えて「すごいな」と感じたことがあります。それは、監督や助監督はろう者ですが、他のスタッフはすべて聞こえる人です。その中にプロの映画制作会社が入っていました。しかし契約期間は1ヶ月。それで費用を払っています。もし1ヶ月を超えると追徴されるので、1ヶ月で撮影が終わるように綿密スケジュールを組まなければなりません。夕方5時ごろには撮影が終わり、また翌日も撮って5時に解散となるのが普通でしょうが、「ゆずり葉」は契約期間が決まっているので、夜9時まで撮影におよぶことも多々ありました。それと、聞こえるスタッフは昼食担当、ヘア担当、衣装担当など細かく分かれて組織的に動き映画を作ります。早瀬さんは手話の演技のみ指導し、他の事には関与しません。ですから私は早瀬さんの手話演技指導に従って演技をしていました。そういう映画制作やり方を「なるほどな」と思いました。

 映画は来年6月に全国ろうあ者大会が茨城で開催されますので、それまでに編集をします。編集には膨大な時間がかかるとうかがいました。映画の撮影は今日(9月27日)で終わり、明日が打ち上げです。10月から来年3月までは映画の編集を行うという、大変な作業が残っています。来年6月の初公開を皮切りに全国で約700?いや500箇所と聞いたな、約500カ所で上映されると聞いています。またDVDを製作する計画もあるそうです。

 他の感想ですが、お金がある映画製作会社の場合だと役者のためにホテルをとったり、美味しいご飯を提供したりしますが、「ゆずり葉」はできるだけ節約して映画を製作しています。昼ごはんを見ると、出てきたのは「おむすび」。この映画はみなさんのカンパによって成り立っていることを理解してもらいたいのです。派手にお金は使っているわけではありません。「ゆずり葉」を作る目的は皆さんご承知と思いますが、「映画を作って金を儲けよう・・・」ではありません。ろうあ運動の歴史をみなさんに知ってもらいたい、そのためにどうしてもこの映画を作らなければならないのです。お金に余裕はありませんので、どうやったらいいか工夫をしながら、いろいろ節約しながら作り続けてきたのが、実態です。わたしもその様子を見たのでよくわかります。私が宿泊したのもホテルではありません。古い民家に泊まっていたのです。静岡から通うのは大変ですので、そこで9日間宿泊しました。とても安く泊まれる宿でした。

 みなさん、来年是非「ゆずり葉」を見てください。「アイラブユー」のような恋愛映画ではありません。ろうあ運動を知るためにはとてもいい映画ですので、みなさんに是非見ていただきたいと思います。よろしくお願いします。

2008年11月 9日 (日)

映画「ゆずり葉」を語る その4 2分33秒

 池中氏へのインタビューの三回目。語りものってきました。

・ ロケや撮影の時のはどのような様子でしたか

 撮影時の話をします。実はオーディション合格の通知が届いた後、とても驚き、「本当に私がやっていいのか」と思いましたが、覚悟を決めました。撮影に行く前は演技の難しさがよく分からず、自分として甘い面もありました。いざ撮影が始まると本当に難しいのです。自分が考えて演じる演技と撮影用の演技はまったく違うのです。自分で考えて演じるなら自分なりでいいのですが、撮影の時は指示の通り表情も細かく変えて演じなければなりません。両者は、全く質が違うのです。本当に難しかったです。練習し、何度もやり直して1カットに10テイクほど費やすこともありました。イライラする気持ちもこみ上げてきましたが、それをぐっとこらえ、繰り返し演じました。そこで改めて演技の難しさを知ることになりました。

 早瀬さんのやり方は演技を見て「まぁこれくらいでいいだろう」という気持ちでOKは出しません。自分が心から納得するまで何度も求めてきます。私もそれに応えようと何度も努力しミスも繰り返しましたが、ようやく最後にOKをいただきホッとしました。そういったシーンが何度もあり本当に大変でした。また、1番苦しかったのは涙を出すときでした。涙を流すシーンを一発で撮りたいと言われ、昔の亡き母との思い出を頭に浮かべて涙を流しOKをもらったのに、同じシーンに登場していた別の役者が何かミスをしたため、もう一度撮りなおすはめになりました。えっ!!もう涙がないよ、涙も渇ききっちゃったよ・・・。それで2回3回と同じ涙を流すのにはとても苦労しましたが、何とか感情移入をしてようやく6回目だったか7回目だったかのテイクでOKをもらいました。それが一番きびしく、難しかった場面でした。以上、私が経験したことです。 わかります??

2008年11月 1日 (土)

映画「ゆずり葉」を語る その3 5分48秒

 池中氏、2回目のお話。オーディションの様子を語ります。応募は多かったようですよ。

オーディションの時の様子 ゆずり葉の応募締め切りが6月30日でしたが事前に申し込みをしていました。その後7月20日に東京でオーディションが開催されるために上京しました。当日、私は田舎者で東京に土地勘がないため、人に道を尋ねながらなんとか無事に会場にたどりつきました。オーディション会場にはたくさんの人が来ていましたが、その多くは健聴者でろう者は数えるほどしかいませんでした。後でわかったのですが、オーディションに来た健聴者の中のほとんどが、手話ができるかと思いきや、できない人が半数以上もいたそうです。後は手話サークルに通っている人や手話を少し知っている人がいて、ろうあ者で私の知っている人は1人か2人くらいしかいないことに驚きました。 面接では監督から事前にシナリオを渡され、それを手話で表して下さいと言われました。1時間ほど考えました。面接は別室で一人一人交替で行われるのですが、私の番で入ると、予想外にびっくり。そこには面接官が13人もいて、その中には安藤理事長もいました。大変緊張しましたが、なんとか手話で演技をしました。その後すべての審査が終わり、合格発表がありました。事前に発表者から「ここで落とされた人は終わりではなく、まだ最後までエキストラとして映画に協力をお願いしたい」と説明がありました。「名前が呼ばれなかった方は不合格となります」と言われましたが、途中で私の名前は呼ばれ、第1次審査を通過したことがわかりました。その際はホッとした気持ちと私でいいのかという思いが入り混じった、複雑な気持ちでした。 合格した後の第2次面接審査では、1次よりも難しい課題が出され、また手話でどう演技するか考えました。1次では受験者の半数が落とされ25名が2次審査に残りました。2次でも合格者全員が面接員それぞれと個別審査です。私の番では、面接官から手話で「お父さん、お母さんが亡くなった悲しさ」と表してくださいと言われ、演技をしました。「悲しい」といっても手話ではいろいろな表現がありますが、なんとかやり終えました。しかしその後、選考が長引き1,2時間かかったため、5時頃の終了時間が6時になってしまいました。1時間ほど経過した後、2次の合格発表では、「合格者は10人で15人は不合格です」と言われ、承知して聞いていると、私の名前は7番目に呼ばれ、合格したことにとても驚きました。頭が真っ白になり、震え、「私でいいのか!?」と不安と嬉しさが混じり、自分でもどうしていかわからないほどでした。 第3次審査では「映画に出演したい動機は何か」を含めた確認がありました。特に「あなたは静岡県という遠いところに住んでいるが本当に大丈夫ですか」と強く確認されました。というのも北海道や福岡からオーディションに参加した人がいましたが、その方々は残念ながら落ちてしまいまいました、3次審査に残った中で静岡という遠方から来たのは私だけということがわかりました。そこで確認されたようです。私は「覚悟はあります。是非出演したいです」と答えました。面接官のほとんどは「遠くから映画に出演するのは無理だろう、残すのは止めたほうがいい」という考えをもっていたようです。しかし安藤理事長は「全日本ろうあ連盟の評議員は池中さん一人で他にいない、また運動経験も豊富だし採用したい」と考えていたようです。協議の結果、私が選ばれましたが、やはり私の「遠くからでもできる、覚悟がある」と言ったことが最後の決め手になったと思います。ホッとしましたが、不安と責任の重さに襲われ、もしメインキャストに入ったらちょっと困るなぁという気持ちもありました。3次審査が終わった後解散となり、その後自宅に通知が届きました。「あなたは7人のメインキャストからは外れましたことをご承知ください。しかしメインキャスト以外の役をお願いします」と連絡がありました。ホッとして、この役で頑張ろうという気持ちになりました。

2008年10月23日 (木)

映画「ゆずり葉」を語る その2 2分57秒

 静聴協理事でもある池中義一さんは映画ゆずり葉の出演者募集に応募され、映画に出演します。その池中さんに「ゆずり葉」についてインタビューをしました。何回かアップしていきます。

 映画「ゆずり葉」の出演者に応募した経過と動機を教えてください。

 応募のきっかけは今年、静岡県ろうあ者大会が御殿場市で開催されましたよね。その時はまだ何も考えていませんでした。その大会で早瀬憲太郎さんの講演があったのをご存知ですか。その講演で「ゆずり葉」の話がありましたが、そのときは以前の「アイラブユー」のような恋愛映画だと思っていたので、あまり興味もわかず、ただ話を聞いているだけでした。夜のパーティーの時に私の隣にちょうど早瀬夫妻が座りましたので、少しお話をしました。その時も映画の話はしませんでしたが、翌日私が朝食をとっていると早瀬さんが私のところに来て「名刺はありますか」と聞いてきました。「いったいなぜ?」とよく分かりませんでしたが、とにかく名刺を渡してそこでは別れました。

 「ゆずり葉」の応募締切りは6月21日でしたが、私は6月24日に父の七回忌のため和歌山に帰省しており、その時も何も頭になく、週明け月曜に静岡に帰宅後パソコンのメールをチェックをすると、早瀬さんから「ゆずり葉に出演してみたらいかがですか」というメールが入っていました。その時は出演したいという思いもそれほどなく「どんな映画ですか」を改めて質問したところ、直ぐに返信メールが届きました。「昔はろうあ者に認められなかった運転免許証をろうあ運動によって勝ち取った経緯を映画にしたい」という内容に私の経験が重なり興味がわいて、映画に出演しようと決めたのです。私も20歳のとき、オートバイを無免許で運転していて警察に捕まったことがあります。そのときの悔しい気持ちをこの映画にぶつけたいと思い応募したわけです。

 情報センターから補足の説明

 池中さんのインタビュー中、映画「ゆずり葉」出演者の募集締切を「6月21日」と表現していますが、これは池中さんの勘違いで、正しくは「6月30日」の締切でした。池中さんも当然、締切は「6月30日」と知っていたのですが、他の日付と混同して、「21日」とお話しをされてしまったそうです。
 「締切後の応募??」、と理解される恐れがありますので、補足の説明をいたしました。よろしくお願いします。

2008年10月17日 (金)

映画「ゆずり葉」を語る その1 2分21秒

  全日本聾唖連盟創立60周年記念映画である「ゆずり葉」。来年の公開に向けて、製作が進んでいます。この映画「ゆずり葉」について、静岡県内のろうあ者に語っていただく企画を開始します。何回かに分けてアップしていきます。
 最初は静聴協伊藤行夫会長。

 こんにちは社団法人静岡県聴覚障害者協会の伊藤行夫と申します。よろしくお願いします。財団法人全日本ろうあ連盟60周年記念の映画製作についてお話します。

 昔のろう者の生活は苦しく、とても困難なものでした。運転免許証はとれず、また家を建てたくても銀行からお金を貸してもらえない、当時は手話通訳者の派遣制度もありませんでした。そのため生活はとても苦しく制限されたものとなり、また数々の差別を受けてきた歴史があります。そこで全日本ろうあ連盟はろうあ運動を起こし、様々な権利を勝ち取ってきました。若い人たちの中ではそのような運動の経緯を知らない人がたくさんいます。こうした運動の経緯は後世に引き継いでいかなければならないと思います。そこで「ゆずり葉」は後世に語り継ぐという意味から「ゆずり葉」というこのような手話表現になったそうです。

 この映画はろう者だけで制作するには限界があるため、聞こえる人、また多くの芸能関係者に支えてもらっています。またその映画制作のためには6200万円という大きなお金が必要です。そこでみなさんのカンパが必要になりますので、ご協力のほどなにとぞよろしくお願いします。

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